『幸せなひとりぼっち』ウサオジという男、オーヴェという男について書かれた本を読む

最近は映画を観てばかりで、小説を読む頻度もめっきり減ってしまいましたが、今日は久しぶりに小説の感想でも書きましょう。

『幸せなひとりぼっち』、これは一人の頑固な偏屈オヤジの半生を描いた作品でございます。

オーヴェ59歳、田舎のテラスハウス団地に住むこの男は、毎朝5時45分に起床して近所の見回りをし、気に食わない者には「懐中電灯の」指を突き付け怒鳴りつける。

たとえ許可を得た役人であっても、自動車進入禁止の居住エリアへの自動車の乗り入れは断固として許さない。

規則に融通も妥協も譲歩も無い。

スウェーデンの国産自動車サーブ以外の自動車に乗るやつは半人前、アウディなんてもってのほか。

もちろん、自動車と言えばマニュアル車、オートマ車に乗るのはぼんくらだけだ。

そして言うまでもなく、コンピューターなんて胡散臭いものは信用しない。

ついでに言うと、鍵を閉めたドアは取っ手を3回強く引っ張って確認する。

そんな筋金入りの頑固オヤジであるオーヴェの人生は、近所に引越してきたトレーラーのバックすらまともにできない「金髪のうすのろ」とその妻の「外国人の妊婦」が、自動車進入禁止の標識を無視して居住エリアにトレーラーをバックで乗り入れ、おまけにオーヴェの自宅の郵便受けにトレーラーをぶつけたところから予想外の方向へ動き出します。

実はちょうどそのとき、早期退職を迫られ職を失ったオーヴェは、少し前に亡くなった妻の後を追おうと自殺の準備をしているわけですけれども、そんな隣人の横暴極まりない振る舞いに、オーヴェは怒りで自殺どころではなくなってしまうのでございますよ。

そしてそこから金髪のうすのろ一家を始めとする個性的な隣人たちとオーヴェとの物語が始まり、それと並行してオーヴェの過去も描かれます。

オーヴェがいかにして今のオーヴェとなり、そして今をどう生きるか、つまりはオーヴェの人生を巡る小説といったわけですよ。

金髪のうすのろや外国人の妊婦といったテラスハウス団地の隣人たちも個性の塊みたいな連中ばかりなのですけれども、何はともあれオーヴェでございますよ、オーヴェ。

一見したところとにかく頑固でとっつきにくいこのオヤジ、しかし本書をよく読んでいくと、これは他人に嫌がらせをしようとしているわけではなく、オーヴェの言葉を借りるなら「主義」の問題なのでございます。

世界がそうあるべき秩序を守る、たったそれだけのことなのでございますよ。

そんなオーヴェの頑固で不器用な生き様を見ていると、生活のいたるところで見聞きする頑固オヤジのことを思い出してしまいます。

インターネットとかでもよく取沙汰されている多くの頑固オヤジたちも、もしかしたらオーヴェと同じように自分の主義を堅持しているだけなのかもしれませんねえ。

またこれは何も頑固で偏屈なオヤジたちだけではなく、身の回りに存在する私にはさっぱりよく分からないことに躍起になっている連中も同じなのかもしれません。

人にはその人なりの主義があり、それがうまく噛み合ったり噛み合わなかったりする。

そんなことを、読んでいてふと思いました。

もしかしたら、ただ他人に嫌がらせをしたいだとか自己中心的な考えからかもしれませんけれども、そういった考え方もあるのだなあと他人に対する理解が一歩進んだような気がしますねえ。

あとは、「芸は身を助ける」っていうことも感じましたよ。

このオーヴェという男は本当に頑固頑迷で、柔軟さというものが一切ありません。

とにかくいついかなる時も自分が正しいと思うことを貫き続け絶対に譲らないため、それゆえ人とぶつかることもしばしば。

そんな一見したら嫌われ者一直線のオーヴェなのですけれども、次第に隣人から愛されるようになるのでして、そのきっかけのひとつはオーヴェの特技だったりするのですよ。

オーヴェはコンピューターとかにはからっきしな一方で、建築とか機械などには滅法明るく、そして逆にそういったものが苦手は隣人たちは、建築とか機械とかに関してはオーヴェを頼ります。

そしてその特技を通じて次第にオーヴェの頑固で不器用ながらも実直な人となりに惹かれ、慕うようになっていくわけですねえ。

それは最終的にはオーヴェの人となりによるところではありますけれども、しかし特技が影響したことも無視できません。

やっぱり、ここぞというときのために、ひとつくらいは特技を持っておきたいものでございますねえ。

ともあれ、この本の面白いところは、あとがきにも書かれていた通り、オーヴェ自身は最初から最後までほとんど変わることなく相変わらず偏屈な人間であるにも関わらず、読者である私の方がオーヴェのことを知れば知るほどに、オーヴェに対して好感が持てるようになることですよ。

最後の最後までオーヴェは一貫して四角四面で偏屈で面倒臭いオヤジなのですけれども、しかし自己中心的で自分のことを一番に考えているというわけでは全くなく、文句を言いながらもなんだかんだ成り行きで人助けをすることもある。

そういったオーヴェの不器用な実直さが分かっていくにつれて、次第にオーヴェのことが憎めない存在に思えてくるのでございます。

あとは、文体も個性的で面白かったですねえ。

特に1段落ごとに次から次へと繰り出される怒涛の比喩表現は秀逸でして、この記事の冒頭に書いたような「懐中電灯の指」という表現が私はとりわけお気に入りでございます。

警察官が泥棒に懐中電灯を向けるように、オーヴェは気に入らないやつに指を突き付けるのですよ。

他には、各章の見出しの始まりが全部「オーヴェという男」か「オーヴェという若者」で統一されているのも、どことなく頑固一徹な感じがして良い。

なんとなくこの見出しの書き方が気に入ったので、私も本書を見習って今回のブログタイトルは「ウサオジという男」で書いてみましたよ。

思いのほかしっくりきたので、今後も使って行きたいですねえ。

ちなみに、今週末にはこの『幸せなひとりぼっち』を映画化した作品のハリウッド版リメイク映画『オットーという男』が上映されますので、もちろん観に行くつもりでございます。

オットーのこの眉間にしわを寄せて口角が下がった表情、面倒くさい頑固オヤジっぽくて実に素晴らしい。

www.otto-movie.jp

おしまい。