今週のお題「告白します」
ということですが、告白するのは私自身についてではないのです。
わたしはけさ、人を殺しました
こんな告白から始まるとある物語をつい先日読みましたので、ご紹介ついでにだらだら書いていきます。
とりあえず、今夜は長くなりそうですしBGMを置いておきますので、深いことは気にせず聞きながら読んでください。
さて、今回ご紹介するのはジャック・ヒギンズさんの『死にゆく者への祈り』という小説でございます。
主人公はマーチン・ファロンという名のアイルランド人でして、彼は元IRAの中尉で警察や昔のIRAの仲間から追われており、イギリスから逃亡するための切符を得るためにある人物から暗殺の仕事を引き受けるのです。
その暗殺を依頼した人物はジャック・ミーアンと言いまして、表向きは葬儀屋の経営者ですが、しかし裏では麻薬やら賭博やらなんやらの危なっかしい仕事にいそしんでいる恐ろしい輩なのです。
その後、ファロンはなんなくその仕事を終わらすのですが、ひとつ誤算がありました。
暗殺をするところを、カトリックの教会の神父さんに見つかってしまうわけです。
しかしながらファロンは、奇想天外な手法でその神父さんの口封じをするわけでございます。
その神父さんの名はダコスタ神父と言うのですが、見つかった直後ダコスタ神父の前からさっと姿を消したファロンは、なんと再びダコスタ神父の前に姿を現すのです。
そこは教会の告解室で、ファロンはダコスタ神父と格子越しに対面し、こう告白するわけです。
わたしはけさ、人を殺しました
私ウサオジは仏教徒ですので詳しくは知りませんが、カトリックの教会において告解室での告白の秘密は神聖なものであり、いかなる内容であっても、仮にそれが殺人のような犯罪であっても他人には漏らしてはいけないそうです。
なので、敬虔な神父であるダコスタ神父はファロンを最も卑劣な方法で教会を利用したと罵りながらも、その秘密を警察にも漏らさず秘密にします(ちなみに、やんややんやとあってダコスタ神父の姪アンナには知られてしまいます)。
しかし、ミーアンはそんなこと一向に解しません。
ミーアンは暗殺の目撃者であるダコスタ神父とその姪アンナ、そして実行犯であるファロンの口を封じようと刺客を差し向けてくるのです。
というわけでして、ここから物語はいよいよ始まっていくのですが、それは実際に本を手に取って確認していただきたいところでございます。
と、ここでちょいと感想でも書いてやろうかと思ったのですが、私の技量ではどう考えても上で書いたあらすじ以上のネタバレをせねば書けないことに気づくのです。
登場人物たちがどんな考え方を持って生きていくのか、その生き様がひとつの大きなテーマであったような印象を受けたのですが、それを語るにはどうしてもストーリー上の致命的なネタバレが避けられません。
というわけで、ここはひとつ、私なりの本作の楽しみ方を提示できればと思いますのでどうかお付き合いください。
さて、この作品と言いますのは、いわゆる「行間を読む」というのが非常に大事な小説なんだなあと読みながら思っておりました。
一方で先日ご紹介しましたクリス・ライアンさんの小説は、書かれている文字を追うだけでも相当に迫力があって十分楽しめる素晴らしい作品なのです。
しかしながらこの『死にゆく者への祈り』は、それだけではちょいと物足りないように感じたのでございます。
登場人物がそれぞれ一癖も二癖もあって複雑な人間性を持っており、そういった人々の過去や性格、そして生き方について作中でしばしば語られます。
しかしながら、もちろんそのすべてが語られるわけではもちろんなく、そういった細かく語られないところに読者の方々が想像をふくらます余地があると思うのです。
例えばファロンは暗殺のターゲットに対しては冷酷に引き金を引くのですが、一方でダコスタ神父には引き金を引く代わりに告解室での告白という一風変わったやり方を取ります。
ファロンはなぜダコスタ神父に引き金を引かなかったのか、それは作中では明確に語られはしないのですがそれについて考えるきっかけのようなものは語られまして、そこからああだこうだと考えながらお話を読み進めるのところにこの作品の面白さがあるなあと感じた次第でございます。
しかしそれはファロンについてだけではなく、ミーアンやダコスタ神父といった人物についても同様です。
ミーアンはミーアンで冷酷非情な裏社会の人間としての顔を持つ一方で、葬儀屋として近親者を亡くしたお客さんにそっと寄り添っておりますし、またダコスタ神父も神父として生きる一方でその内面に非常に暴力的な一面を持っていたりするのです。
そういった複雑怪奇な人間の内面、生き様を文字を通してなぞっていくのが本作のひとつの面白さだと私は思いました。
また、タイトルの『死にゆく者への祈り』というのもなかなかに行間を読ませてくるのでして、誰が誰のために祈るのか、この解釈はひとつではないと私は思うのです。
そんな死の狭間をさすらう男たちの作品でありました。
ちなみに、同じ著者の『鷲は舞い降りた』という作品もなかなかに壮絶な生き様が描かれていてこちらも私ウサオジ一押しの作品なのですが、それを語るにはさらなる文字が必要となってしまいますのでそれはまた今度、とさせていただきます。
ちなみについでに申し上げますと、この『鷲は舞い降りた』と言いますのは、第二次世界大戦末期のドイツの降下猟兵たちがとある極秘作戦に挑むお話なのでございます。
さて、ここで冒頭でリンクを張ったあの音楽なのですが、これはバッハの『プレリュードとフーガ ニ長調』でして、本書でたびたびオルガンにて奏でられる曲なのであります。
しかしながら、誰がいつ、どんな場面で弾くのかは私からは申し上げません。
読んでからのお楽しみでございます。
というわけでして、『死にゆく者への祈り』、夜に静かに触れ合うのにおあつらえ向きの一冊でございました。
おしまい。