ウサオジという男、『あしたの少女』を観る

一昨日の『PATHAAN/パターン』に続き、昨日は『あしたの少女』という映画を観てまいりました。

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映画鑑賞前にはあんまり作品の情報を調べずに観る私でして、最初この映画はブラック企業に搾取される若い労働者についての映画だと思っておりましたが、違いました。

特定のブラック企業を描いた作品というよりは、制度の欠陥を描いた作品でございましたよ。

社会制度による殺人をテーマにした映画でございました。

さて、本作の内容は2部構成になっておりまして、前半ではソヒという高校生の少女が実習生としてコールセンターで働くようになりそこで酷使され憔悴していく様子が、後半ではユジンという刑事が過酷な環境に耐えきれず自殺したソヒの捜査を行う様子が描かれておりました。

この2部を通して、ソヒを取り巻く過酷な環境と、さらにその諸悪の根源とも言える制度の問題が次から次へと明らかになっていくのでございますよ。

前半部からもう衝撃的なシーンの連続でございました。

と言いますのも、ソヒの働くコールセンターでは顧客が契約を解約するのを阻止させようと過酷なノルマを強い、そしてノルマ未達ならみんなの前で吊し上げられ同僚からは「足を引っ張るな」と言われ、ノルマを達成しても契約に定められた成果給を「実習生は成果給の支払いは2ヵ月先」とかなんとか難癖をつけて出し渋られた上に同僚からは「ノルマが上がってしまう」と責められる始末。

無論、連日連夜の残業も忘れちゃいけません。

そして一方で、こんな地獄にソヒを送り込んだ学校も学校で、ソヒの担任は「せっかく大企業に実習に行けたんだ。ちゃんとやってもらわなければ困る」と圧力をかける。

そういえば作中で少し触れられておりましたけれども、実習を途中で辞めたりすると学校では便所掃除だとかごみ捨てみたいなことをペナルティーとしてやらされるそうでございまして、それを嫌って実習を辞めるために学校ごと辞めたという友人も登場しておりました。

そしてそんな環境にあっても、その事実をソヒは両親にもなかなか言い出せないんですよねえ。

両親は娘が大企業で働けることを喜んでおりとても言えるような状況でもないし、遂に自殺未遂で病院に運び込まれた帰り道で「もう会社を辞めても良い?」と言ってもその声は届かない。

もはや八方ふさがりの四面楚歌でございます。

また、酷いのは、ソヒの環境だけではありません。

後半でユジン刑事が捜査する中で明らかになるのですが、コールセンターではソヒの上長もさらに上のお歴々から部署の成果上げるよう圧力をかけられ、学校では担任がクラスの就職率を上げるよう上から圧力をかけられ、それで実習先の労働環境なんて二の次で生徒を会社に送り込むこと自体が目的となってしまっている。

その上、学校の管轄省庁である教育庁も管理下にある学校の就職率をさらに上の管轄省庁から要求され、さもなければ予算が減らされるとのことで、結局は管轄する学校の就職率を上げることが最優先。

会社だけでなく教育機関ですら、ノルマノルマノルマですよ。

そしてさらに、前半でさりげなく描かれていたソヒと同年代の友人たちの労働環境もとんでもない。

一人は職場で殴られた上に髪を坊主にさせられ、元々明るかった性格も今は見る影もなく大人しくなってしまい、また一人は先ほど書いたように実習を学校ごと辞めて動画配信者になったまでは良いものの、視聴者に心無い言葉を浴びせられて精神を病む。

他にもあったような気もしますが、どこをとっても地獄のような有様だったのは間違いない。

そして作中で一番印象的だったのは、ユジン刑事の捜査でブラック企業本社からやってきた偉いお歴々の一人が、ソヒの自殺に対して「そんなに辛いなら辞めれば済む話だろう」というコメントするところでございます。

言うのは簡単ですが、実際にやるのは難しい。

会社を辞めるとなれば、大金持ちでもなければまた稼ぐために新しい会社を探さねばなりませんし、さもなければ野垂れ死に。

『K.G.F』のセリフにもありましたが、貧乏人は安らかに死ぬこともできない。

かと言って、生きるために働けば働いたで過酷な競争に次ぐ競争。

まるで生きるために死ぬ、そんな感じでございます。

もはやどこにも逃げ場がない、そんな行き詰まりを想像してなんか苦しくなりました。

ええい、これは凄いものを観てしまいましたよ。

ブラック企業の映画かと思ったらブラック社会の映画だったとは。

この映画に描かれた労働環境のどこをとっても救いがない。

そしてこれの恐ろしいところは、これが実話を元にした作品ということですよ。

実際に韓国では、コールセンターに実習に送り込まれた高校生が自殺したとのことらしいのでございます。

公式サイトでは「韓国は日本よりもはるかに競争が厳しい」というようなことが書かれていましたが、程度の差こそあれ日本も無関係というわけにはいかないでしょうねえ。

実際に日本でも、たまに過酷な環境で自殺する人が出ておりますから。

そういえばインドの競争社会を描いた作品『きっと、うまくいく』でも、競争に敗れて自殺した人が出たときに「これは自殺ではない、殺人だ」と言うシーンがありましたが、本作もまさにそんな感じでございました。

もはや社会全体が寄ってたかって殺しにきているような、そんな様子が本作にはありありと鮮明に描かれておりましたよ。

他人を出し抜くために死ぬまで力の限りを尽くさざるを得ない、生きるか死ぬかの戦い。

よく考えてみるとこの類の問題は、もはや韓国や日本やインドといった一国の問題に限られないんでしょうねえ。

これは世界的な問題かもしれませんよ。

かと言って解決方法があるのかすら分からない。

というわけでして、鑑賞後には行き場の無い思いでいっぱいになる、強烈極まりない作品でございました。

本当に、どうしたら良いんでしょうかねえ?

おしまい。